商品先物取引の歴史

今回、先物取引を始めるにあたり、

商品先物取引の歴史を調べてみました。


商品先物取引については、日本ユニコムの担当の方が親切に教えてくれましたが、

やっぱり、日本ユニコムでの成果を最大限に活かすには、

自分で勉強することが大切だと思うんです!!



▼近代的な商品先物取引は堂島米会所が最初と言われる
これ以前にも、1568年に開設されたロンドン(イギリス)の取引所や1531年に開設されたアントウェルペン(ベルギー)の取引所があったが、これらの取引所で行われていたのはあくまで現物取引の先渡取引であって、先渡し契約の無い近代的な商品先物取引の嚆矢は上記の堂島米会所といわれている。当時は現物の米の代わりとして売買契約数を記した書付けを帳合米取引の会所に持ち合って交換し、期日に突き合せて決済していた。現在でも先物取引の契約数を「枚」と呼ぶなどその名残が残っている。


大阪堂島米会所

▼しかし、現在では、米の取引は禁止されている
しかし、米の先物取引は第二次世界大戦に伴う米流通の統制に伴い1939年廃止された。終戦後の商品取引所公布を受け、1950年大阪化学繊維取引所(現在の中部大阪商品取引所)を皮切りに商品先物取引が再開されたものの、国の農業政策として米の価格統制が行われたため米の先物取引は2008年12月時点でいまだ実現していない。

大阪堂島米会所 ▼日本の先物取引の歴史は1970年に大阪で始まった!
1730年に江戸幕府が、大阪堂島米会所に対し米の先物取引を許可したのが、 日本での商品先物取引の始まりである(今で言う先渡し契約を伴わない、 先物取引でのデリバティブ取引の一種)。

大阪堂島米会所

▼商品先物取引の期限は「米」!!
堂島米会所は、米を取引対象としていたので、当然、商品(現物取引)市場であるが、当時の日本で米は貨幣的な役割を果たしていたこと、金本位制と銀本位制が混在していたことから、米を仲立ちとして金と銀の交換レートが実質的に決定されるという役割も持っていた。このことから、商品としての米よりも流通貨幣としての米の側面が強く、実質的には商品市場というよりも為替(金融取引)市場として機能していたと分析する研究者もいる。

大阪堂島米会所